「Kaggleだけではデータサイエンティストは育たない」データ分析でビジネスに貢献するには?滋賀大・河本薫教授が語る

「AIで実現するデジタルトランスフォーメーション」をテーマとしたオンラインイベント「AI Experience Virtual Conference2021」が、6月10日に開催された。主催はDataRobot。

本稿では当日に配信された特別講演「ビジネスデータサイエンティストの育成」(滋賀大学 データサイエンス学部 河本 薫 教授)の内容をお届けする。

河本薫氏 プロフィール
滋賀大学 データサイエンス学部 教授
大阪ガスにて、データ分析組織であるビジネスアナリシスセンターの所長を務め、2018年4月より現職。日経情報ストラテジーが選ぶ初代データサイエンス・オブ・ザ・イヤーを受賞。大阪大学招聘教授を兼任。博士(工学、経済学)。著書に『会社を変える分析の力』(講談社現代新書)、『最強のデータ分析組織』(日経BP)など。NHKプロフェッショナル仕事の流儀にも出演。

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ビジネスデータサイエンティストを育てる必要性

ビジネスデータサイエンティストの必要性を感じていると語る河本氏。その思いを強くするきっかけは、自身の経験にあった。

「データ分析力だけではビジネスを変えられない」

前職の大阪ガス時代、河本氏は「データ分析をするだけでは組織を変えられなかった」という。

組織が変わるには、まずビジネスの悩み(課題)発見から始まり、現状分析を経て打ち手を考え、現場の業務の意思決定に繋がる……という流れがある。そのうち課題発見と意思決定は、事業部側の人間がハンドルを握ることが多い。データ分析者は「売上が落ちて困っているから購買データを分析してほしい」「不用品を減らすために製造データを分析して解決してほしい」といった粒度の課題が与えられ、分析データを出して終わり、となってしまい、データ分析が活用できるチャンスを見落としている可能性がある、と指摘した。

事業部側も、いきなりデータ分析者が出てきて「こんな分析モデルができました」「分析の結果〜〜がわかりました」などの細かな話を始めても、受け入れづらいだろう。そこで河本氏は「観念して」、課題発見から意思決定までの、すべての工程にデータ分析者が関わるようにしたという。

――河本「楽ではありませんが、社内の課題探しから分析結果をいかに意思決定に使ってもらうか、まで関わってから初めて、会社の業務を変えて会社に貢献することができました。事業会社では、データ分析力だけではビジネスを変えられません」

ビジネスデータサイエンティストは実践で育つ

データ分析をビジネスに役立てられないのは、データ分析能力が足りないからではなく、データ分析をビジネスに役立てる力が不足しているから――そうした問題意識を持っていたころ、滋賀大学のデータサイエンス学部に出会い、その教育研究目的に強く共感したという。

しかし企業から大学に移ったときの違和感もあった。

――河本「"データサイエンティストに求められる能力"としてビジネス力、エンジニアリング力、サイエンス力が語られますが、すべてを満たすスーパーマンを目指せ、というのは現実的じゃない。データサイエンティストとはなにか、と一義的にとらえるのが諸悪の根源です。多義的に考えるべきだ」

データサイエンティストはそれぞれ強い分野を持ち、その強みによって活躍できる場所も変わってくる。そして自らの経験をもとに「企業のビジネス課題をデータと分析力で解決できる、ビジネスデータサイエンティストを育てたい」と考えるようになったという。

学生がビジネス課題発掘から提言まで体験

河本氏は、ビジネスデータサイエンティストが育つには、企業との連携を通じて、ビジネス課題を発見し、分析や提言といった一連の流れを経験することが必要だと述べた。同学部の「企業連携型PBL(Project Based Learning)」というプログラムでは、データサイエンス学部の学生は、3〜4年次の後半2年間で6つのプロジェクトに参加するという。
企業連携型PBLの特長はこの3点。

  • 異なる企業、業界でのプロジェクトに参加:さまざまなビジネス課題の種類に応じて、いろいろな分析手法を体験。企業ごとに適したアプローチを学ぶ
  • 3名のグループワークで実施:データサイエンティストこそ、チームで仕事をしさまざまな人と関わっていく必要がある
  • 学生自身が企業担当者と密に連携:学生と担当者が直接つながり、課題を探って分析し提言する、という「ビジネス課題解決」の流れを体験

――河本氏「学生は何がビジネス課題か、を考えるところからスタートし、ビジネスの視点からデータ分析の結果、課題解決に必要なアクションを提言します」

また企業連携型PBLと比較して、Kaggleの弱点をこう述べた。

――河本「Kaggleはコンテスト参加型PBLです。コンペでは最初から問題が与えられ、分析モデルの精度さえ高ければ評価されます。自分で分析問題を作り、現場の方に話を聞いて仮説を立てていき、分析結果をもとに事業側に説明していく、といった過程が省略されてしまうから、Kaggleだけではビジネスデータサイエンティストとして育たない」

カギは大学と企業がつながる「産学共同教育」

企業の連携、とひとことで言っても、企業側の負担は少なくない。学生を受け入れる体制づくりや使える生データの提供、説明機会のセット等々。それでも河本氏は、「大学と企業が連携した、データサイエンス人材育成はシームレスであるべき」と主張する。

――河本「データサイエンスの技術を深めることを求める大学と、問題設計、解決を求められるビジネス現場にはギャップがある。大学と企業をシームレスにつなぐことで、学生は理論に加えて実践力を身につけ、企業は大学の専門教育を活用して、セミナーやe-ラーニング、社会人大学生としての大学院進学など学びを深められる、『産学共同教育』が必要です」