「データサイエンス力の高い人材が不足している」。
DX推進で企業のデータ活用への関心が一気に高まり、「AI戦略2019」をはじめとする国家戦略でもデータ人材の必要性が叫ばれている今、データサイエンスを学ぶ手段も増えている。
企業が提供する講座、行政による無料のオンデマンド講座、MOOC……と多くの選択肢がある中で、あえて「高等教育機関でデータサイエンスを学ぶ」意義はどこにあるのだろうか。
2017年の滋賀大学を皮切りに、データサイエンスが学べる大学も年々増えている。データサイエンス、と学部や科目名には名にはあるけれど、他の大学とどう違うのか?この大学で身につくものは何か?
データサイエンスを学べる大学・学部を詳しく知る本企画、記念すべき1回目は、中央大学理工学部ビジネスデータサイエンス学科。2021年に経営システム工学科から名称変更した同学科は、「データサイエンス」の名を冠して、どのように変わったのか。理工学部の難波 英嗣教授に話を聞いた。
中央大学 理工学部 難波 英嗣教授
2001年、北陸先端科学技術大学院大学修了。東京工業大学精密工学研究所助手、広島市立大学大学院情報科学研究科准教授などを経て、2019年より中央大学理工学部教授。
論文や特許を対象にしたテキストマイニング、観光情報処理などに関して、多くの企業と共同研究を行っている。
ビジネス・サイエンス・エンジニアリングをバランス良く学ぶ
――新設ではなく、今年(2021年)になって経営システム工学科からビジネスデータサイエンス学科に名称が変わったんですね。
難波 名前は変わりましたが、前身の経営システム工学科や、さらに前の管理工学科の流れを汲んでいます。
管理工学科は1962年に設立され、品質工学やマーケティングといった製造の現場以外のあらゆる企業を円滑にすすめるための学問として発展してきました。1990年代半ばからはインターネットやPCが普及し、IT化が企業活動にも大きな影響を及ぼすようになったことを受け、1997年に経営システム工学科に名称変更しました。
21世紀に入ってからは情報化技術が進展して、さまざまなデータがセンサーなどのデバイスから収集され、データベースに蓄積されます。この膨大なデータの利活用が、我々の社会生活のあらゆる場面で決定的役割を果たすようになってきました。データの活用技術や知識を獲得することが、企業や組織にとって非常に重要になったのです。
このような社会的変化を捉え、これまで以上に「データサイエンスと現代的なビジネスをつなぐカリキュラムを提供すること」として、名称変更に至りました。
――カリキュラムは経営システム工学科時代から、大きく変わっていないのですか?
難波 一部の実験や試験は中身はデータサイエンスに関するものに変わっていますが、企業活動を学問する、という特性はほぼ変わっていません。ビジネスデータサイエンス学科も、データサイエンスに関わる科目をバランス良く学べます。
実社会でデータサイエンティストとして活躍するために必要なスキルはビジネス力、サイエンス力、エンジニアリング力の3つに分解できます。
経営システム工学科時代から、学科の方針として「3つの柱」を掲げています。経営工学分野、数理システム分野、情報システム分野。これがそれぞれビジネス力、サイエンス力、エンジニアリング力と対応するんです。
――学科の方針と、データサイエンスに必要なスキルが重なったんですね。それぞれどんなことを学ぶのでしょう?
難波 データサイエンス科目群、データエンジニアリング科目群、ビジネス科目群に分けて説明しますね。
画像はインタビュイーご提供
まずはデータサイエンス科目群。統計学、確率論、データ解析、機械学習基礎論、最適化手法、OR系科目が含まれます。これらの科目はデータサイエンスやデータ解析の基礎理論、その周辺の数理モデルについての科目群です。
2つ目のデータエンジニアリング科目群。これには情報処理、プログラミング言語及び演習、データ構造とアルゴリズム、データベース工学、画像システム論、知能システム工学などが含まれます。Python、SQLといった現在のデータサイエンスに必須のプログラミング言語や、その基礎技術を学ぶ科目群です。
3つ目はビジネス科目群。これには生産管理、品質管理、企業データ分析、マーケティングリサーチ、サプライチェーン・マネジメント、金融工学といった科目が含まれます。企業や組織のオペレーションや仕組みに対する科学的アプローチを主として学びます。
加えて、「問題解決型授業」という、基本スキルだけでなく、ビジネスや産業の知見、管理技術を幅広く身に着けるためのプログラムがあります。今年初の取り組みなのでですが、在学中は、継続的なPBL(Problem Based Learning;問題解決型学習)を通して、知識や技術をもとに”実践できる人材”を育成します。
――サイエンス・エンジニアリング・ビジネスどの分野も科目が充実している、と。大学によっては、ビジネス活用やコンピュータサイエンスなど、ひとつの軸に特化する、という学部学科もありますが。
難波 うちは2年次から専門科目が始まるので、入学後に学びながら方向性が決めていけると思います。「データサイエンス」とひとことで言っても、幅が広い学問なので、方向性が定まるまで色々と学んでいかないと選びようがないですからね。
本学のカリキュラムは、さまざまなニーズに対応していけると思います。機械学習をより極めたかったらデータエンジニアリング領域を学ぶ、ビジネスに寄りたければマーケティングや生産管理……というように、学科内だけでも幅広い分野の教授・講師陣がそろっています。
たとえば統計学を使って生命保険や損害保険などの金融商品を設計する専門職、アクチュアリーの研究室も本学にはあります。アクチュアリーの資格を取って、保険会社に就職する学生もいますよ。
――新設の学部学科だと、データサイエンスの教員不足、という話を聞いたこともありますが、すでに各分野の専門家が揃っているのは強みかもしれませんね。
特許で「ビジネスそのもの」を知ると、産業界に詳しくなれる
――難波教授はどんな研究をされていますか?
難波 私の専門は自然言語処理です。テキストマイニング技術を使った、特許と観光情報のデータ活用や、共同研究をしています。
特許については、ブリヂストンの知財部門の方と共同研究をしていました。
タイヤは、世界各国のいろいろな企業が製造・販売しているので、ライバル社や個人の発明家も含めて、どこで誰が何をしているのか常に最新の動向を把握しないといけません。
ブリヂストンさんは、国内外のタイヤに関する特許の情報を常に集めています。そして見つけた情報を手動で分けて分類体系をつくる、ということをされていた。それも20年くらい人力で。
――自分で英語の論文を読んで、分類する、という一連の作業を手動でですか。気が遠くなりそうです……。
難波 数がすさまじいですし、英語だけでなく中国語も、となると作業できる人が限られてきます。そこで依頼を受け、蓄積された20年分のデータをもとに、自動的にカテゴリ分類できるシステムを社内分類システムに組み入れる、ということをしました。
同じく特許関係では、株式会社ジー・サーチが提供する科学技術文献のデータベース「JDreamⅢ」の検索システムの改良にも関わりました。
技術論文に特許分類を付与するプログラムを提供し、機械付与されています。技術論文を特許視点で検索できるようになりました。
――研究室の学生さんも、特許関連の自然言語処理を研究しているんですか?
難波 いろんな言語の特許や論文から様々な情報を抽出して図表などにまとめることで、技術動向を分析する研究をやってもらっています。その中で、情報検索、機械翻訳、文書分類などの自然言語処理技術も学んでもらっています。
特許はまさにビジネスそのもの。特許データを扱っていると、「あの会社はこの技術を持っている」「この業界ではこの技術がトレンドだ」というように、自然と技術の動向に詳しくなっていくんですね。
なので学生の中には「特許関連は就職活動に役立つ」と言ってくれる人もいます。
――テキストマイニングに慣れつつ、技術動向も学んでいけるんですね。もう1つの観光情報っていうのは……?
難波 コロナ禍以前なので、すこし前の話ですが。インバウンド旅行客を増やしたい、と考えている旅行会社さんと組んで、旅行ブログの画像を自動で解析して推定し、撮影スポットを地図にマッピングするということもしていました。どういう経路で旅をしたのかをたどれます。
撮影スポットや経路をたどり、ブログの文章を解析すると、旅行者の年齢性別・属性といった情報だけでなく、旅行の目的も見えてきます。自然を見るグリーンツーリズム、世界遺産に訪れるヘリテージツーリズム、スポーツツーリズム……というように、旅行者の行動をマッピングします。旅行ブログの画像と文章を解析し、どういう目的でこのスポットに訪れたのか、を可視化できます。画像処理と自然言語処理の合わせ技です。
ナスカの地上絵をブログにアップしている人の経路を見ると、道がないので飛行機をチャーターして上空から写真を撮ったんだろうな、ということがわかります。
南極に行ったという旅行ブログもある。リアルな画像が多く、ぼーっと眺めているだけでも時間が過ぎる(画像はインタビュイーご提供)
――先の特許もそうですが、研究テーマが多岐に渡って本当におもしろいですね。理系って、専門分野が決まっているから、おのずと研究テーマも絞られてしまうイメージがあったんですけど、むしろ幅が広がる感じがします。
難波 データがあるところはどこでも行けるんですよね。なので学生さんには、いろいろなところに散らばって、いろんなところで活躍してほしいなと思っています。
「問題解決ができる人材が、3年後うちの学科から羽ばたいていきます」
難波 いろいろなところ、といえば、就職先もさまざまですね。経営システム工学科の話になりますが……
同学科の2020年度の就職実績(画像はインタビュイーご提供)
SE職が半数を占め、業種はNTTデータやアマゾンジャパンなどの情報サービスをはじめ、メーカー、運送業やメディア、シンクタンクなど多方面にわたります。この学科ではビジネスに関する科目も多いので、「経営の知識も持ちつつ、プログラムも組める」人材が育つのはうちの強みかもしれません。
――これは個人的な興味なのですが。どんな方がデータサイエンティストに向いていると思いますか?
難波 数学などができることも大切ですが、いろんな分野に興味を持って、挑戦していける人じゃないでしょうか。
分析の対象になるデータはもちろん、分析結果をどう適用するかもプロジェクトによってさまざまです。
先に話したブリヂストンさんとのときも、私は全くタイヤのことを知りませんでした。いざ一緒にやる、となったときは、社内教育で使っている教科書を取り寄せて自分なりに学びました。タイヤの専門家じゃないので細かい部分は分かりませんが、分野の知識はある程度必要です。
だから学生さんには、いろんな業界・分野を知り、新しいことにどんどんチャレンジしてほしいと思っています。
――あらゆる場所にデータがあり、広い分野で活躍できるからこそ、新しい知識を取り込んでいくのは欠かせないということでしょうか。
最後に、この記事を読んでくださっている方へのメッセージをお願いします。
ビジネスデータサイエンス学科では、ビジネス・サイエンス・エンジニアリングをバランス良く学び、自分で問題を解決できる人材が育ち、3年後に羽ばたいていきます。ぜひ見守っていただけると嬉しいです。
全学プログラムは1000名が履修希望
難波教授は文系学部でもデータサイエンスへの注目が高まっているのを感じる、という。
中央大学では、2021年度から全学部向けの、AIやデータサイエンスに関する科目群を集めた「AI・データサイエンス全学プログラム」を開始した。数理・データサイエンス、AIの基礎やAIの実社会での活用事例、統計ソフトの基本的な使い方を学ぶということだが、100名想定のところ1000名が履修を希望したそうだ。
難波教授が「データがあるところはどこでも行ける」といったとおり、データサイエンスは可能性が広がる学問として認識されてきているのかもしれない。
本企画は、今後もデータサイエンスを学べる大学・学部を紹介していく。
中央大学 理工学部 ビジネスデータサイエンス学科 概要
- 開設:2021年4月
- 定員:460名(1学年 115名)
- 所属教員数:179名(理工学部全体)
- 公式ページ:中央大学ビジネスデータサイエンス学科