大学院生・社会人が9割以上の学会で学生が次々受賞。武蔵野大学データサイエンス学部の秘訣とは

「データサイエンス力の高い人材が不足している」。

DX推進で企業のデータ活用への関心が一気に高まり、「AI戦略2019」をはじめとする国家戦略でもデータ人材の必要性が叫ばれている今、データサイエンスを学ぶ手段も増えている。

企業が提供する講座、行政による無料のオンデマンド講座、MOOC……と多くの選択肢がある中で、あえて「高等教育機関でデータサイエンスを学ぶ」意義はどこにあるのだろうか。

2017年の滋賀大学を皮切りに、データサイエンスが学べる大学も年々増えている。データサイエンス、と学部や科目名にはあるけれど、他の大学とどう違うのか?この大学で身につくものは何か?

データサイエンスを学べる大学・学部を詳しく知る本企画、2回目に紹介するのは武蔵野大学データサイエンス学部。2019年に開設されてから、学会での受賞15件(2021年8月現在)と、破竹の勢いを見せている。その躍進の理由は、課題発見と解決を強く意識した「イシュー指向」にある。

同学部の清木 康学部長、上林 憲行教授に詳しく話を聞いた。

武蔵野大学データサイエンス学部長・研究科長 清木 康 教授

2011-2021年慶應義塾大学大学院GESL(グローバル環境システムリーダープログラム)コーディネータ、慶應義塾大学名誉教授。
5D-World Map System Creator, Information Modelling and Knowledge Bases (IOSPRESS) Editor in Chief(2002-current). 情報処理学会フェロー、電子情報通信学会フェロー。1983年慶應義塾大学大学院工学研究科博士課程修了、工学博士。
1984-1996年筑波大学講師・助教授、その間、1991-1992年カリフォルニア大学アーバイン校客員研究員。1998-2021年慶應義塾大学環境情報学部教授。その間、2012-2016年Adjunct Professor, University of Jyväskylä, Department of the
Mathematical Information Technology, Finland, 2015-2017年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科委員長、日本データベース学会会長(2016-2018年)、2009年慶應義塾・義塾賞、2018年情報処理学会コンピュータサイエンス領域功績賞。

データサイエンス学部 上林 憲行 教授

1980年慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程修了、工学博士。
主に、メディア・アーキテクチャ、知識・デジタルコンテンツサービスなどの研究開発と 研究マネージメントに従事。2018年より現職。
山形大学工学部情報科学科教授、東京工科大学メディア学部教授、学長補佐を歴任。
人工知能学会理事、情報処理学会理事、情報処理学会情報メディア研究会幹事・主査を歴任。

>>特集:データサイエンスの学び舎

データサイエンティストに必要なスキルセットは「イノベーション力・創造力・エンジニアリング力」

――データサイエンス学部の3つのコースの軸が、エンジニアリング力、は分かるのですが、残る2つがイノベーション力・創造力と、データサイエンティスト協会が提唱しているスキルセット、「ビジネス・サイエンス・エンジニアリング」とはだいぶ違いますね。データサイエンス学部ではビジネス分野、データをビジネスに活かす方法を重点的に学ぶのですか?

清木 確かに、他のところが提唱している軸とは違っているかもしれませんね。アドミッション・ポリシーも「データサイエンスを駆使した課題発見と人工知能を活用した課題解決や価値創造を担う創造的活動を先導する人材を育成」としています。

1年次に基礎を身につけ、2年次後半からは進路を見据えて「AIクリエーション」「AIアルゴリズムデザイン」「ソーシャルイノベーション」の3つのコースに分かれます。

AIアルゴリズムデザインコースは機械学習やディープラーニング、画像・音声認識、テキストマイニングといったAIアルゴリズムを学ぶコースです。

AIクリエーションコースは、データサイエンスだけに留まらない技術同士の連携、例えばIoTやビッグデータを活用したメディアコンテンツなど応用分野を中心に学びます。

ソーシャルイノベーションコースは、テクノロジーの活用に重きをおいています。ビジネスだけでなく環境分野やSDGsへの貢献といった社会的な発信の部分を学修するコースです。

学生はこの中から2つを選んで、メジャー(主専攻)とサブメジャー(副専攻)として履修します。3軸すべてを学ぶことができれば一番いいですが、4年間では難しい。自分の得意なジャンルを真ん中において、得意なものを中心にもうひとつ学ぶ、という発想です。

エンジニアリングやテクノロジーを中心に学びたい学生は、メジャーにAIアルゴリズムデザインを選び、サブでAIクリエーションを履修する。社会科学を学びたい学生は、ソーシャルイノベーションをメジャーにして、サブでAIアルゴリズムデザインを学ぶ、というように、社会応用を志向しながら技術を学ぶこともできます。

――なるほど。コースごとに方向性がはっきり分かれていますが、数学や統計の知識をどう担保していくのでしょうか。たとえばAIクリエーションコースとソーシャルイノベーションコースを選んだ場合、アルゴリズムや基礎技術の部分はそれほど学べないということですか?

清木 数学はデータサイエンスの基本的な部分なので、きちんと学ぶことは大事です。基礎力を獲得するための科目はきちんと履修するように構成されています。
もちろん、AIクリエーションに関わるならアルゴリズムを知っていたほうがいいでしょう。ただ、ロボットを作る技術と、ロボットを使う技術はレイヤーが違います。AIのアルゴリズム部分はブラックボックスだけど、基本的には使えるわけです。

実際に触ってみることを重視

武蔵野大学では「使う」ことを重要視し、ユニークな取り組みをしている。例えば1年次に機械学習のフレームワーク「TensorFlow」を実際に動かす、という演習がある。フレームワークの基本構造を学ぶ前に何ができるか、をまず体験することで、その後の知識の習得によりモチベーション高く取り組めるという。

学期末の定期テストも実施せず、毎回の講義はワークショップという形式にしたところ、「学生自身が切磋琢磨し、学会で評価を受ける学生も出てきた」(上林教授)という。


上林教授にはオンラインでお話いただいた

課題解決をゴールにすれば、知識の習得も追いつく

清木 この学部は、理系や数学、という枠にとどまりません。もちろん数学が得意で、数学を中心に勉強してきた人も活躍できますが、いわゆる文系出身の学生も、ソーシャルイノベーションなどを学びながら必要な数学を学ぶことができます。

基本的な数学を一通り学んでからはじめて応用に進む、従来型の大学での学び方とは逆方向の、目的に応じて必要なスキルを選んで身につける「イシュー指向」が、この学部の根幹をなす部分です。

――イシュー指向、ですか。

清木 学生ひとりひとりが本当に興味のある実社会の課題(イシュー)を見つけて、研究対象が定まれば、「イシューに必要な数学やテクノロジーを学ぶ」という発想になります。

問題意識を持って数学やアルゴリズムを学ぶほうが、学修のモチベーションが上がりやすいですし、多くの学生諸君ができることでしょう。

――自分自身でイシューを見つけるのはなかなか難しいと思いますが、どうフォローされているのですか?

清木 1年次の秋段階から参加できる「未来創造プロジェクト」では、セミナー形式で学生がそれぞれイシューを考え、教員のアドバイスを受けながら履修科目を決めていきます。

いちばん大事なのは、自分で考えた学び・研究を進めるエネルギーです。入学して早いうちからイシューを考えることで、問題解決に必要なものを知り、エネルギーを持って問題解決に立ち向かえます。

――学びを深めていくうちにイシューが変わる、ということもありそうですね。

清木 変わると思います。卒業後、社会に出てからも自分でイシューを見つけ、解決するというプロセスを身に着けて欲しいですね。

国内学会DEIM2021で「学生プレゼンテーション賞」を受賞した論文・研究から見る「イシュー」志向

武蔵野大学データサイエンス学部には、「イシューへの取り組みに向けて必要となる数学やテクノロジーを学ぶ」という環境が根付いている。

「第13回データ工学と情報マネジメントに関するフォーラム」(DEIM2021)では4名の学生が「学生プレゼンテーション賞」を獲得した。受賞者のひとり、渡邊 莉子さんは「聴覚過敏者のための不快音回避システムの実現」にイシューを設定し、マイノリティの方々がより生きやすい環境を作る研究を進めている。同じく受賞者の佐野 小春さんは、「ALSの方を対象とした脳波による感情推定と表出」にイシューを設定し、自身の研究が評価されたことで、「今後のゴールに向けた一歩を踏み出すことができたのではないか」と考えているという。

>>【武蔵野大学】データサイエンス学部1・2年生4名が学会フォーラムDEIM2021にて学生プレゼンテーション賞を受賞

――「従来型の大学とは考え方が違う」とのことでしたが、これまでの大学の履修スタイルへの危機感や、実社会とマッチしないといった違和感があったのですか?大学で「イシュー指向」というのは初めて聞きました。

清木 私達が先駆者というわけではないのですよ。この学部のデザインは、慶應義塾大学のSFC(湘南藤沢キャンパス、総合政策学部・環境情報学部)から着想を得ています。

1990年に創設されたSFCが掲げたのが「問題発見型キャンパス」です。社会的、技術的問題を見つけて解決するために、自らが授業を組み立てるという発想です。SFCに影響を受けて、日本でも文理融合や学際系の学部が増えました。

SFCの着想を、データサイエンスの分野で適用するときはどういう考えがいいか?となったとき、今ある問題発見ではなくて、未来のまったく新しい夢をテーマにしてもいいと思ったんです。つまり武蔵野大学データサイエンス学部は「イシュー指向展開型学部」です。

データサイエンティストとは、データサイエンス部署に配属されて、他部門からのデータをもらって、分析して、結果を出す人ではない

――時代とともに切り口を変えて、よりブラッシュアップされたのですね。お話を伺う中では、ビジネス・サイエンス・エンジニアリングに強い「従来のデータサイエンティスト」を目指すというより、データの社会実装や、ビジネスに活かす方法に長けた人を育成する、というイメージですか?

清木 データサイエンティストの定義はこれから作られていくものですので、過去のいろいろな職種と比べないことが大切です。

この学部が目指すのはコンピュータサイエンスや情報科学を勉強してIT部門やデータサイエンス部門に配属される、というデータサイエンティストではない。それはデータサイエンティストではないと私は思います。

データサイエンス学部に関しては、イノベーション力、エンジニアリング力、創造力の3つの軸を中心に理解を深め、卒業していく学生諸君を「データサイエンティスト」と呼びます。

基本基礎(ベーシックリサーチ)の上に、概念を具体化して、機能するものを作る実装(インプリメンテーション)、実社会へ発信し、展開させる(デプロイメント)という3つの能力を兼ね備えている、本学ではそういう定義です。

データサイエンスという学問をオリジナリティを持った自分の言葉で定義する、という習慣を学生に示し、学生にもそういう習慣を身につけてもらう、ということが一番大切です。

――習慣、とのことですが、データをうまく活用できる人や、データサイエンスに向いている気質はありますか?

清木 世の中の事象現象をデータ化する方法論に興味がある人は、すごく向いていると思います。例えば人間の行動を知ろう、と考えたときに、GPSやセンサーをつけて、データ化できる要素を見つけられる人でしょうか。

まずはデータになっていないような根本的な現象、目に見えていないような物理的な活動をデータ化できないと、次の分析や展開のステップが踏めません。

加えて集めたデータを社会で活用するにはどういう方法論がいいか、というところまで興味を持てたら、今後活躍できる人材になると思います。

データ分析による国際貢献、地球環境保護活動も体験

――卒業後のキャリアパスを聞いていきますが、初年度に入学された方はまだ学部3年次ですよね。インターンシップなどの取り組みを聞かせてください。

上林 インターンシップは選択科目ですが、「就職に直結するので必ず行きなさい」とプロモーションして、2年次で67%の学生が参加しています。店舗データを活用したマーケティングや、経営層を招いた成果発表会など、鍛えていただいているようです。

将来的には国際的な活動というのを視野に入れて学ぶ、という取り組みもしています。データサイエンス学部にアジアAI研究所(AAII)を併設して、タイのタマサート大学と連携し、タイの企業との共同研究や、シンポジウムの運営、国際プロジェクトへの展開を進めています。


AAIIのページより「RESEARCH TOPICS AND PROJECTS IN AAII」

――研究テーマは何でしょう?

清木 大きく分けると3つあり、環境分野、サイバーミュージアム、介護です。

環境分野では海洋環境、特にプラスチックごみを減らすための取り組みを進めています。AIの画像処理で東南アジア地域のプラスチックごみの廃棄スポットを発見して、状況を把握したり、ゴミが与える影響を解析したりします。単純にプラスチックごみを拾って集めるだけではモチベーションや社会的動機が湧きにくいので、自分がどれくらい貢献したかを発信できる装置を作ろうとしています。

2つ目のサイバーミュージアムは、情報空間上に美術館や博物館を作るだけでなく、専門家の作品の見方や味わい方を共有しています。専門家だけではなく、地元の人なりの楽しみ方、知見も共有できます。

3つ目はスマートシティプロジェクトや介護です。情報化されたスマートキャンパスの構想や、センサーを活用して瞬時に介護対応ができる仕組みを研究しています。

これらの研究には、学生も参加できます。

――国際的な活躍をしたい、仕事に就きたいという方は少なくないと思います。学生時代にそんな体験ができたら、より思いが強くなるでしょうね。

清木 我々大学側が、卒業後のさまざまな可能性を提供することが大切です。

「夢中になってデータサイエンスを学ぶ、学生の姿を見て欲しい」

――最後に、この学部への入学を考えられている方、興味を持たれている方に対するメッセージをお願いします。

上林 データサイエンス学部で学んでいる学生が、夢中になって取り組んでいる姿をぜひ見てください。自律的・自発的、そして意欲的に学修して、素晴らしい成長を遂げていると思います。

学部での学びをもっと知りたいという方は、実際に学んでいる学生に聞いていただくのが一番いいでしょう。多くの学生がポートフォリオの開示もしていますので。

清木 データサイエンスを学び、社会環境や自然環境の改善を目指し、より良い地球へと先導するリーダーを目指して欲しいです。

特に自然環境でしょうか。データサイエンスが応用できる分野はいろいろありますが、一番大きなスケールで貢献できるのは、自然環境への貢献だと思います。データサイエンスを学び、自然環境を良くして地球をより良くするための取り組み、を先導するというリーダーをぜひ目指して欲しいです。

データサイエンスを学びたくなる仕組みづくり

データサイエンススキルを身につけることがゴールではなく、自分のイシュー解決のためにデータサイエンスを解決手段として利用する、という学部のアプローチが印象的だった。

学歴や就職、モラトリアムのために大学に進学する人々は少なくない。しかし自身のテーマを見つけ、学ぶ方法を身につけることこそが、大学での本質的な学びなのかもしれないと感じた。

「データサイエンティストとは、自らイシューを見つけ、データを集め、率先してビジネスにイノベーションを起こす人」という清木学部長の言葉からもうかがい知れるように、この学部では既存の「あるべき」を排除し、データサイエンスを学んで実社会で活かすには何をすべきか、を学生ひとりひとりに問う。そんな「自分らしい」課題探しを支えるのが、きめ細やかなサポート体制だ。学生一人ひとりのイシュー決め、履修選択や研究発表などの実践型授業「未来創造プロジェクト」をはじめ、学会発表や国際研究プロジェクトへの参加など、データサイエンスを活用した幅広い選択肢を提示する。

こうした環境で学ぶ学生は、果たして社会でどう活躍するのだろうか。1期生の進路が早くも楽しみだ。

本企画は、今後もデータサイエンスを学べる大学・学部を紹介していく。

武蔵野大学 データサイエンス学部概要

開設:2019年4月
所在地:東京都江東区有明三丁目3番3号
学生数:230名(2021年5月現在)
入学定員:90名
公式ページ:データサイエンス学部 | 武蔵野大学[MUSASHINO UNIVERSITY]