「データサイエンスを学ぶなら、もっと使うデータにも気を配るべき」東洋大・情報連携学部での教え

「データサイエンス力の高い人材が不足している」。

DX推進で企業のデータ活用への関心が一気に高まり、「AI戦略2019」をはじめとする国家戦略でもデータ人材の必要性が叫ばれている今、データサイエンスを学ぶ手段も増えている。

企業が提供する講座、行政による無料のオンデマンド講座、MOOCs……と多くの選択肢がある中で、あえて「高等教育機関でデータサイエンスを学ぶ」意義はどこにあるのだろうか。

2017年の滋賀大学を皮切りに、データサイエンスが学べる大学も年々増えている。データサイエンス、と学部や科目名には名にはあるけれど、他の大学とどう違うのか?この大学で身につくものは何か?

データサイエンスを学べる大学・学部を詳しく知る本企画、4回目は、東洋大学情報連携学部(INIAD、Information Networking for Innovation And Design)を取り上げる。

学部学科名、専攻にも「データサイエンス」の文字はないものの、機械学習プログラミングや統計が学べ、キャンパスにはデータ分析で使える素材がごろごろ転がっている。同学部の構想・デザイン設計を手掛けた東洋大学情報連携学部 坂村健学部長に話を聞いた。

坂村健 教授
1951年東京生まれ。INIAD(東洋大学情報連携学部)学部長、東京大学名誉教授。
1984年よりオープンなコンピュータアーキテクチャTRONを構築。現在TRONは米国IEEEの標準OSとなり、IoTのための組込OSとしてとして世界中で使われている。2015年情報通信のイノベーションを通じた、人々の生活向上への多大な功績を認められ、国際電気通信連合(ITU)より「ITU150アワード」を受賞。他に2006年日本学士院賞、2003年紫綬褒章。著書に『DXとは何か』、『IoTとは何か』(角川書店)、『イノベーションはいかに起こすか』(NHK出版)など多数。

うちはデータサイエンス専攻ではありません

坂村 うちはデータサイエンス関連の科目は多くありますが、データサイエンス専攻はありません。

――統計分析やビッグデータなどの関連科目があるとのことでしたが……どういうことですか?

坂村 今からデータサイエンスの科目を新たに設置するというわけではなく、最初から含まれていました。統計とデータ分析、データマイニング、人工知能といったデータサイエンス関連の科目はたくさんありますが、それだけを学ぶのではないということです。

この学部は1学部1学科です。たとえば同じ学部でも学科が違うと、選ぶ科目ややっていることも全然違い、別の世界になりがちです。これまでは科目選びの目安としてコースを用意していましたが、学科のように分断されて、連携が少なくなることを少しでも減らし、連携を深めたいと思ったわけです。

だからコースという考え方をやめて、科目名だけを見てもらうようにしたわけです。

情報連携学部(以下INIAD)は「IoT時代に対応する新しい学部を」という考えのもと、2017年に作られました。コンピュータサイエンスやIoTをベースに、テクノロジーで日常生活や世の中がどう変わっていくのか、といった応用分野まで様々な学問を展開をしています。

エッジ端末からクラウドに情報を集め、AIやビッグデータを活用するのが当たり前のいま、エッジやノードの知識だけでなく、データ収集・分析の知識も欠かせません。

――情報連携学部には自然とデータサイエンスが組み込まれていったのですね。

坂村 「流行っているからAI学部やデータサイエンス学部を設立した」という大学とは違いますし、比較できないんじゃないかな。オープンネットワークの普及で情報を軸として、色々な学問が再構築されていくという考えのもと、私達は情報連携学という新しい学問領域を作ろうとしています。

情報連携学部では、誰が教えても学生が一定のレベルまで到達できるカリキュラムを強く意識しています。いわゆる従来型の大学のように研究室が独立していて、同じ科目名でも教授によって教える内容や質に差が出るといったことがないように、テキストは全部私がディレクションして皆で作り、科目の設計図としてのシラバスもきちんと用意しました。

ですので「データサイエンスの研究室があるから、データサイエンスの教育をする」というようにはなってません。個人の研究はインディペンデントでも、学部教育は連携していないといけない。教授が好き勝手に教えて、学生が「変な先生に教わったからこの科目はダメだ」とならないようにしているんです。

――確かに。教授が喋りたいことを聞くだけの必修科目、ありました……。

東洋大学創設者は明治時代にサイエンスをする人だった

坂村 当学部の設計は私が手掛けましたが、私立大学にはカラーというかDNAがあるべき。そこで学部の理念を考えるときに、東洋大学の創設者、井上円了先生を紐解くことにしました。

――井上円了さん、哲学に関わった方だとは聞いたことがありますが。

坂村 彼は、哲学者ではなく「哲学学」を日本で最初にやった人、つまり哲学を研究している学者だったんです。

調べるうちに、妖怪学の創始者でもあることもわかった。江戸時代の終わりから明治時代にかけて、日本は妖怪や幽霊、こっくりさんなんかが流行っていました。こっくりさんで人生設計をするなんて、今考えるととんでもない話ですよね。

円了先生は妖怪退治という言葉を使って「妖怪は説明可能な現象だ」と人々を説得しようとしたんです。こっくりさんは未来の予言でなく単なる現時点での思い込みにすぎないと言うために調査・分析・仮設・検証をした。

これは科学のやり方と同じです。先生はフェルミ推定的な計算もしていて「正夢は確率的に起こりうる現象だ」と、今でいうデータサイエンスのようなこともしている。

円了先生は、仮説を立てて検証して、間違えても最初からやり直すという過程を繰り返して、正しさに近づくことが非常に重要だと気づいていた。

神学や伝承、王様や宗教といった先験的権威じゃなくて、自我とか理性をもとに自分の頭で考えて新しい世界の真理を発見しよう、っていう研究姿勢のことを、彼は哲学と言ったわけです。

円了先生の「一人ひとりが自分で考える精神を育む」思想は、カリキュラムやシラバスなどINIADの根底に流れています。

――あらかじめオンラインのMOOCs(ムークス)で知識を学んで、講義の時間は少人数教室で議論し合う、というスタイルもそうした思想のもとで生まれたんですね。

INIADのキャンパスには大型の講義室がないかわりに、多くの小教室を設けた。「Any Questions?(なにか質問はありますか?)」から始まるアメリカ型の大学講義をモデルにし、対話中心の講義をしている

INIADに浸透する「連携」

――学生にはどのように「連携」を教えられているのでしょうか。

坂村 大学1年生では教養科目が必修になっている学部・学科も多いですが、INIADではコミュニケーションとプログラミングを学びます。

そもそも人と議論したり、さまざまな分野の専門家と協力しあったりするには、単なる語学だけでなく、コミュニケーションのルールを知らないといけません。バックグラウンドが異なる相手にも通じる言葉を話し、自分の考えを論理的にまとめて、理解しやすい形で伝える必要がある。

まず学ぶべきは、いろいろな人と一緒に共同作業をするルールです。日本の大学ではあまり教えてられていないけれど、ディベートのやり方やロジカルシンキングは、コミュニケーションをとるうえでの礼儀です。

教養は4年間の中で、好きなタイミングで勉強してくださいね、というスタンスをとっています。

――人との「連携」の仕方を学ぶということですか。プログラミング教育はどう連携に関わってくるのでしょうか?

坂村 プログラミングでは、クラウドベースのツールを使いながらAPIを使いこなす方法を身につけます。

データサイエンスをきちんと勉強するには、基本的な統計解析や数学を学ばないといけません。ただ、ある程度基本的な部分が分かれば、難しい統計解析や分析はコンピューターが計算してくれます。

たとえばAPI連携の方法を知って、自分のプログラムと製作者のプログラムをうまく組み合わせてマッシュアップする。「自分のWebサイトに地図を載せよう」と思ったときに、もはやゼロから地図を開発しようという人はいません。Google mapを使えば数秒で高性能な地図が入れられるわけです。

学生にはこういった連携を意識して、クラウドベースのツールを学んでもらっています。Google Cloud PlatformやAWS、Azureをベースにコンテナ技術を学んだり、Google ColaboratoryやJupyter Notebookの動く教科書を使ったりね。Gitやオープンソースの扱い方も1年次で習得してもらいます。

それにクラウド環境だと、どんどんコードを書いて試してみる、ダメだったらもう一度挑戦してみる……というふうにアジャイルが実践しやすいです。

大事なのは、興味あるデータを使って学ぶこと

――クラウドベースのツールを使いこなせる学生、企業からの注目度が高そうですね。

坂村 INIAD独自の就職説明会は好評をいただいていますし、企業向けのリカレント教育もさかんです。たとえば、三井住友海上火災さんにはオーダーメイドのデータサイエンスの教育プログラムを提供して、1000人以上の社員さんに教えてきました。

データサイエンスを学ぶのに大切なのはデータです。

保険会社の人がデータ分析を学ぶなら、実際に保険会社で使われているデータで分析・解析をするのが一番いい。INIADでは興味を持ってもらえそうなデータをリカレント教育を受ける会社ごとに準備し、独自のカリキュラムを作り、最も教育効果が上がることを目指しています。

――自分の業務に直接関わってくるのが分かると、取り組む意欲も変わりそうです。

坂村 興味あるデータを使って学びたいのは、学生だって同じです。

統計の教科書や本には、社会関係の統計データや化学統計、病気のデータとかいろいろなデータが出てくる。本を書いた人としては面白いと思ってやってるんだろうけど、データそのものに興味を持てない学生にしてみればそういうところから挫折する。

興味あるデータを探すという意味では、学生にはINIADのキャンパスも使い倒してもらいたいと思っています。この赤羽台キャンパスは、2万平方メートルくらいの敷地に5000個のIoTノードがあるインテリジェントビルです。独自の周波帯を使っているのでWi-Fiとも衝突しません。

天井は張らずにセンサやアクチュエータをつけているし、部屋の利用状況やドアの開閉回数など色々なデータを記録している。APIでエレベータを呼んだり、動態認識をしたりもできる。

学内のデジタルサイネージにSuicaをタッチすると、学生個々人の時間割表が表示される

学生に与えられるロッカーはプログラミングをしないと開かないようになっているから、おのずと学生もAPIを使えるようになります。音声認識で自分のロッカーが開くようにプログラムを組んだり、他人にメールで一時的に利用鍵を送れるようにした学生もいます。

――キャンパス自体がデータの宝庫ということでしょうか。

坂村 INIADで集めたデータの一部はオープンデータ化しています。学生が作ったバリアフリーマップはGoogleもアメリカから見に来たんですよ。

ここには「何をしなければいけない」がない

――これだけできることがあると、かえって何をしたらいいか分からない、という学生も出てきそうです。

坂村 学生には「自分の問題解決にデータサイエンスやAIを活用しよう」と教えています。

GoogleのTensorflowを使って、実家のきゅうりの選別をやったとか、実家のクリーニング屋で服を預かるときに値段が出せる画像認識を作ったとか、こういうのが大好きで。INIADでは、各研究室が勝手にカリキュラムを作ったり、特定のコースの決まった科目を履修してもらったりはしていません。

従来型の大学のカリキュラムだと、学生みんなが同じデータや例をもとに、同じように勉強している。

でも、今までのやり方で学ぶのは結構苦しいと思う。使うデータにも気を配るべきです。

データサイエンスをきちんと学ぼうとしたら数学は避けて通れないし、それはうちの学部でも同じです。でも、何のためにデータサイエンスを学ぶのか?っていうときに、興味がわかないデータで学んでも、やる気が出なくなっちゃうと思います。

長い間コンピュータ・サイエンスを教えてきて改めて思うのは、学生自身が興味を持って、学んでいることがどう役立つかを納得できないと身につかない。何のデータをどう分析するのか、何をどうするのかってところに興味を持てないと、つまらないところでつまづいてしまうんです。教える側が「勉強しなさい」と押し付けたものでマスターできる学生はごく一部。東大で教えているときでさえ、そうでした。

学問にどうやって興味をもたせて学生にマスターさせるか、は大学によって味付けが違うと思いますから。

INIADでは、テクノロジーを実社会でどう活用するか?を学べます。コンピュータをベースにイノベーティブなことをやってみたい人は、ぜひ大学の門を叩いてみてください。

何を学ぶか?でなく何で学ぶか?

坂村学部長の話を聞きながら、改めて「データサイエンスとはなにか」を考えさせられた取材だった。

INIADは、他媒体ではキャンパスの先進性や、坂村学部長の経歴からIoTという文脈で紹介されることが少なくない。だか本当の強みは豊富なデータと実践的な、そして「課題をもとにデータを集めて分析し、形にする」を繰り返し実践できる、サイエンスができる場があることにあるのだろう。

「データサイエンスを究めたい」と考えたとき、知識として数学や統計手法、プログラミングなどの基礎を学び、理解することはとても大切だ。でも同時に、自分の志向や興味をそそる、学びたいものなのか?と意識することもまた欠かせないのかもしれない。

本企画は、今後もデータサイエンスを学べる大学・学部を紹介していく。

東洋大学情報連携学部 概要

開設:2017年
定員:一学年300人
所属教員数:61人
公式ページ:https://www.iniad.org/